岩本 實次郎

提供:八中・小山台デジタルアーカイブ
2022年5月5日 (木) 23:03時点におけるAdminkoyama100 (トーク | 投稿記録)による版 (→‎本校歴)
ナビゲーションに移動 検索に移動

(編集中)

岩本 實次郎校長

岩本 實次郎(いわもと かんじろう、1946年3月30日 - 1954年3月31日)は、日本の教育者。東京都立第八中学校校長(三代)

本校歴

1946年 11月   講堂外部の復旧工事が落成する。(保護者会の協力による修復)
1946年 12月19日 運動場拡充のため北側隣接地916坪1合2勺を保護者会により買収する(吉永長五郎氏所有の強制疎開地)。、 
1947年 10月21日 先に買収の隣接地100坪4合2勺を保護者会により買収し、合わせて運動場とする(飯泉鐘之助氏所有地)。   
1947年 12月 1日 教職員教育研究協議会が結成される。
1948年 4月 1日 新制高等学校制度実施により東京都立第八新制高等学校となり、全日制3年制各学年8学級、計24学級、定時制4年生各学年2学級計8学級の2課程を設置する。 
1948年 5月 5日 創立25周年記念式典を挙行する。
1948年 9月20日 寒さにもめげず咲き匂う寒菊を象徴した新校章を定める。
1949年 3月 8日 新制高等学校第1回卒業式を挙行する。(卒業生男子144名)  
1949年 4月 1日 全日制課程24学級編成(1学年8学級)。

         定時制課程16学級編成(1学年4学級)の完成規模定まる。          男女共学とし本年度は、全日制のみ4名の女子生徒の入学を許可する。

1950年 4月 3日 新制中学第1回卒業の男子300名、女子100名を新制度の全日制第1学年に入学を許可する。

         定時制第1学年は男女合わせて200名の入学を許可する。

1950年 7月  高等学校野球全国大会東京都予選で第2位となる。
1951年 2月 6日 新校歌を制定する。(作詞、本校講師栗原源七氏、作曲平井保喜氏)   
1951年 5月 7日 新校歌発表演奏会を星講堂で開催する。
1951年 6月13日 別棟の工作教室の金工室から出火、小火の程度で消火する。
1951年 12月   女子生徒の制服、セーラー服を制定する。
1952年 3月   昭和28年度都立高校入学希望者に対し、初めて合同選抜学力検査制度を実施する。
1953年 4月10日 創立30周年記念事業として講堂の修復が完成する。
1953年 10月24日 創立30周年記念式典を挙行する。



関連項目

着任:1923年1月20日
退任:1937年11月11日
前 任 在 任 後 任
岡田 藤十郎

1923年度 (大正12年度)

1924年度 (大正13年度)

1925年度 (大正14年度)

1926年度 (大正15年度)

1927年度 (昭和 2年度)

1928年度 (昭和 3年度)

1929年度 (昭和 4年度)

1930年度 (昭和 5年度)

1931年度 (昭和 6年度)

1932年度 (昭和 7年度)

1933年度 (昭和 8年度)

1934年度 (昭和 9年度)

1935年度 (昭和10年度)

1936年度 (昭和11年度)

1937年度 (昭和12年度)

岩本 實次郎



関連事項

↑ページトップへ    ↑↑「歴代校長一覧」のページに移動   ↑↑「恩師の思い出」のページに移動    ↑↑「卒業生・同窓生」のページに移動    ↑↑「菊桜会歴代会長」のページに移動    ↑↑メインページ(人物アーカイブ)に移動

脚注: ・

2022年5月5日:直近編集者:Adminkoyama100
TimeStamp:20220505230338