「下河原 五郎」の版間の差分

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<!-- 歴代校長の写真は図書室にあるアルバムからスキャンすること -->[[ファイル:11代 下河原五郎 02p.jpg|thumb|200px|下河原 五郎校長]]'''下河原 五郎'''(しもがわら ごろう、1983年4月1日 - 1989年3月31日)は、日本の教育者。東京都立小山台高等学校校長(十一代)
[[ファイル:一覧用画像_11_下河原五郎.jpg|thumb|250px|下河原 五郎校長]]'''下河原 五郎'''(しもがわら ごろう、1983年4月1日 - 1989年3月31日)は、日本の教育者。東京都立小山台高等学校校長(十一代)
==本校歴==
==本校歴==
:1983年 6月16日 新校舎の第2期工事始まる。
:1983年 6月16日 新校舎の第2期工事始まる。
:1984年 3月30日 校舎改築第2期工事として、図書室、視聴覚室、定時制食堂、家庭科、音楽科教室など完成する。 
:1984年 3月30日 校舎改築第2期工事として、図書室、視聴覚室、定時制食堂、家庭科、音楽科教室など完成する。 
:1984年 4月10日 都立高校入学希望者の増大に伴い、臨時学級増の措置で1年生9学級(432名)の編成となる。
:1984年 4月10日 都立高校入学希望者の増大に伴い、臨時学級増の措置で1年生9学級(432名)の編成となる。
:1984年 4月26日 校舎改築第2期・校庭グランド(B面)改修工事完成する。。 
:1984年 4月26日 校舎改築第2期・校庭グランド(B面)改修工事完成する。 
:1984年 5月17日 全日制創立60周年・校舎落成記念式典(於杉野講堂)を挙行する。記念誌を刊行する。
:1984年 5月17日 全日制創立60周年・校舎落成記念式典(於杉野講堂)を挙行する。記念誌を刊行する。
:1984年 5月19日 定時制創立50周年・校舎落成記念式典を挙行する。
:1984年 5月19日 定時制創立50周年・校舎落成記念式典を挙行する。
:1984年 6月 1日 校舎・校庭改修の第3期工事の解体工事始まる。
:1984年 6月 1日 校舎・校庭改修の第3期工事の解体工事始まる。
:1984年 6月 7日 千葉県館山市の臨海施設用地(財団法人小山台所有)を売却処分する。
:1984年 6月 7日 千葉県館山市の臨海施設用地(財団法人小山台所有)を売却処分する。
:1984年12月21日 内閣臨時教育審議会(第3部会)専門委員に就任する。
:1984年12月21日 内閣臨時教育審議会(第3部会)専門委員に就任する。
:1985年 4月23日 校庭グランド(A面)・外構改修工事完了する。
:1985年 4月23日 校庭グランド(A面)・外構改修工事完了する。
:1985年 7月15日 全国教育研究所連盟「教育におけるコンピューター利用の研究開発」の実験学校となりFM16β55台貸与される。
:1985年 7月15日 全国教育研究所連盟「教育におけるコンピューター利用の研究開発」の実験学校となりFM16β55台貸与される。
:1986年 1月11日 1986年度入学選抜の出願より1学区に加えて目黒区の一部が本校を志願できる特例地域として指定される。
:1986年 1月11日 1986年度入学選抜の出願より1学区に加えて目黒区の一部が本校を志願できる特例地域として指定される。
:1986年 4月 8日 屋上の人工芝敷設工事完了する。
:1986年 4月 8日 屋上の人工芝敷設工事完了する。
:1987年 4月 1日 定時制給食業務の業務委託を実施する。
:1987年 4月 1日 定時制給食業務の業務委託を実施する。
:1987年 4月10日 臨時学級増の措置で1年生9学級(430名)編成となる。
:1987年 4月10日 臨時学級増の措置で1年生9学級(430名)編成となる。
:1987年 4月12日 都立学校、校庭開放事業に協力し、年間の日曜日20日分を品川区・目黒区の少年野球と少年サッカーに開放する。
:1987年 4月12日 都立学校、校庭開放事業に協力し、年間の日曜日20日分を品川区・目黒区の少年野球と少年サッカーに開放する。
:1987年 5月 9日 就職進路ガイダンス(同窓会主催)を実施する。以後毎年継続する。
:1987年 5月 9日 就職進路ガイダンス(同窓会主催)を実施する。以後毎年継続する。
:1987年 6月29日 財団法人小山台に、本校旧職員 故岩崎源兵衛氏の遺族から500万円の寄付があり、これを基金として「岩崎基金」を創設する。第1回事業として、平成元年1月21日NHK交響楽団団員による室内楽演奏会を杉野講堂で開催する。
:1987年 6月29日 財団法人小山台に、本校旧職員 故岩崎源兵衛氏の遺族から500万円の寄付があり、これを基金として「岩崎基金」を創設する。
::::::第1回事業として、平成元年1月21日NHK交響楽団団員による室内楽演奏会を杉野講堂で開催する。
:1988年 3月19日 従来11月に実施していた修学旅行を3月に変更し実施した。
:1988年 3月19日 従来11月に実施していた修学旅行を3月に変更し実施した。
:1988年 6月30日 文部省初中局長以下7名、理科授業(電算室)視察する。 
:1988年 6月30日 文部省初中局長以下7名、理科授業(電算室)視察する。 
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==エピソード==
第43回寒菊祭<br>
いよいよ今年も寒菊祭を迎えることになりました。実行委員の諸君が中心となり、全校の生徒諸君が一体となって、それぞれ運動会、学芸会、展示会の三部門に分れて万全の準備をすすめて来たことと思います。<br>
寒菊祭は、諸君が主体となって企画、立案し、実施する本校にとって最大のイベントであるとともに、諸君の小山台高校生としての知性やプライドの上に、諸君の文化を創造し、開花させる場であり、また、御両親や先輩や地域の方々に、小山台高校生としての諸君の姿を披露する場でもあります。<br>
情報化社会と呼ばれる現代は、各地のイベントや、面白おかしい出し物が、テレビや情報誌によって、たちどころに諸君の中に飛び込んでくる時代であり、それだけに、ややもすると、それらの模倣に陥り、どれを見ても同じ結果となる恐れがあります。諸君は、このことを十分に心にとどめ、お互いが協力し合い、主体的に運動会に、学芸会や展示会に参加し、我が小山台高校生としての誇りを持った、創造性の豊かな特色ある寒菊祭を造り上げることを期待します。<br>
最後になりましたが、御来観の皆様方には、我が小山台高校生としての青年文化の一端を御覧頂き、率直な御感想や、御教示を賜りますよう、お願いいたします。<br>
(寒菊祭を迎えるに当たって 1988年 寒菊祭プログラムより)


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2023年12月13日 (水) 10:48時点における最新版

下河原 五郎校長

下河原 五郎(しもがわら ごろう、1983年4月1日 - 1989年3月31日)は、日本の教育者。東京都立小山台高等学校校長(十一代)

本校歴

1983年 6月16日 新校舎の第2期工事始まる。
1984年 3月30日 校舎改築第2期工事として、図書室、視聴覚室、定時制食堂、家庭科、音楽科教室など完成する。 
1984年 4月10日 都立高校入学希望者の増大に伴い、臨時学級増の措置で1年生9学級(432名)の編成となる。
1984年 4月26日 校舎改築第2期・校庭グランド(B面)改修工事完成する。 
1984年 5月17日 全日制創立60周年・校舎落成記念式典(於杉野講堂)を挙行する。記念誌を刊行する。
1984年 5月19日 定時制創立50周年・校舎落成記念式典を挙行する。
1984年 6月 1日 校舎・校庭改修の第3期工事の解体工事始まる。
1984年 6月 7日 千葉県館山市の臨海施設用地(財団法人小山台所有)を売却処分する。
1984年12月21日 内閣臨時教育審議会(第3部会)専門委員に就任する。
1985年 4月23日 校庭グランド(A面)・外構改修工事完了する。
1985年 7月15日 全国教育研究所連盟「教育におけるコンピューター利用の研究開発」の実験学校となりFM16β55台貸与される。
1986年 1月11日 1986年度入学選抜の出願より1学区に加えて目黒区の一部が本校を志願できる特例地域として指定される。
1986年 4月 8日 屋上の人工芝敷設工事完了する。
1987年 4月 1日 定時制給食業務の業務委託を実施する。
1987年 4月10日 臨時学級増の措置で1年生9学級(430名)編成となる。
1987年 4月12日 都立学校、校庭開放事業に協力し、年間の日曜日20日分を品川区・目黒区の少年野球と少年サッカーに開放する。
1987年 5月 9日 就職進路ガイダンス(同窓会主催)を実施する。以後毎年継続する。
1987年 6月29日 財団法人小山台に、本校旧職員 故岩崎源兵衛氏の遺族から500万円の寄付があり、これを基金として「岩崎基金」を創設する。
第1回事業として、平成元年1月21日NHK交響楽団団員による室内楽演奏会を杉野講堂で開催する。
1988年 3月19日 従来11月に実施していた修学旅行を3月に変更し実施した。
1988年 6月30日 文部省初中局長以下7名、理科授業(電算室)視察する。 




エピソード

第43回寒菊祭
いよいよ今年も寒菊祭を迎えることになりました。実行委員の諸君が中心となり、全校の生徒諸君が一体となって、それぞれ運動会、学芸会、展示会の三部門に分れて万全の準備をすすめて来たことと思います。
寒菊祭は、諸君が主体となって企画、立案し、実施する本校にとって最大のイベントであるとともに、諸君の小山台高校生としての知性やプライドの上に、諸君の文化を創造し、開花させる場であり、また、御両親や先輩や地域の方々に、小山台高校生としての諸君の姿を披露する場でもあります。
情報化社会と呼ばれる現代は、各地のイベントや、面白おかしい出し物が、テレビや情報誌によって、たちどころに諸君の中に飛び込んでくる時代であり、それだけに、ややもすると、それらの模倣に陥り、どれを見ても同じ結果となる恐れがあります。諸君は、このことを十分に心にとどめ、お互いが協力し合い、主体的に運動会に、学芸会や展示会に参加し、我が小山台高校生としての誇りを持った、創造性の豊かな特色ある寒菊祭を造り上げることを期待します。
最後になりましたが、御来観の皆様方には、我が小山台高校生としての青年文化の一端を御覧頂き、率直な御感想や、御教示を賜りますよう、お願いいたします。
(寒菊祭を迎えるに当たって 1988年 寒菊祭プログラムより)



関連項目

着任:1983年4月1日
退任:1989年3月31日
前 任 在 任 後 任
川合 元彦

1983年度 (昭和58年度)

1984年度 (昭和59年度)

1985年度 (昭和60年度)

1986年度 (昭和61年度)

1987年度 (昭和62年度)

1988年度 (昭和63年度)

毛利 順男



関連事項

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脚注: ・

2023年12月13日:直近編集者:Mchika
TimeStamp:20231213104846