「トーク:1949年度 (昭和24年度)」の版間の差分

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新校名“小山台”に決定
新校名“小山台”に決定


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(八高新聞第5号 S24.7.11)
(八高新聞第5号 S24.7.11)
校名「小山台」、男女比3対1、敬愛・自主・力行
 当時教育庁からナンバーを用いない校名に変更したいとの要求があり、八の字には未練があったが、苦慮の末「南陵」と報告した。
1年近く経ってから再考を求められたが、名案も浮かばず、隣地名をとり「小山台」と報告し、これが採用せられ25年1月に現在の校名を称えることとなった。
尚男女生徒数3対1もこの年に定められたのである。
また、この頃民主社会に望ましい人間像を描き、生徒を全人的に育成する目標として敬愛・自主・力行の三徳を掲げ、従来の克己、親和、勤勉にかえたわけである。
 (40周年記念誌P22)
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[[ファイル:1950_昭和25年3月10日_小山台新聞_第一回マラソン大会.jpg|サムネイル]]
:第一回マラソン大会が1950(昭和25)年2月18日、5kmの距離で開催されました。その記事を貼り付けていますので、文字起こしお願いします。
:文字起こし完了後は、イベントアーカイブのロードレースに転記してください。
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[[ファイル:1950_昭和25年3月10日_小山台新聞_男三、女一の割で募集.jpg|サムネイル]]
:来年度の募集要項で男300、女子100の定員が決定した記事から転記してください。
:「できごと」のところに「折りたたみ式」でスマートに掲載できると良いのですが。
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[[ファイル:1950_昭和25年3月10日_小山台新聞_女子に情操教育を.jpg|サムネイル]]
:本年度入学の4名の女子のうち、2名の方へのインタビューメモがあります。
:文字起こしして転記願います。
:「できごと」のところに「折りたたみ式」でスマートに掲載できると良いのですが。
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2023年8月28日 (月) 10:58時点における最新版

小山台新聞)S23 校章決定、S24 小山台決定、S34 共学今と昔.jpg

新校名“小山台”に決定

 昭和24年4月都教育委員会の指令によって都立新制高校の名称が全般的に変更されることとなり、それに伴って本校でも昨年末より新校名を募集中であったが、その結果「小山台高校」と9月より改称する。  校名募集の対象は主に本校生徒であったが、職員・父兄及び先輩の発案もあり、「南陵高校」「武蔵高校」「小山台高校」等が候補にのぼったが、「小山台」は地元町民の賛同も多く得たものである。 今回の教育委員会の指令は従来の数字の校名からくる標準差別視の印象を排し、新教育制度に相応して共学制への準備を目的としたものである。

(八高新聞第5号 S24.7.11)


校名「小山台」、男女比3対1、敬愛・自主・力行

 当時教育庁からナンバーを用いない校名に変更したいとの要求があり、八の字には未練があったが、苦慮の末「南陵」と報告した。 1年近く経ってから再考を求められたが、名案も浮かばず、隣地名をとり「小山台」と報告し、これが採用せられ25年1月に現在の校名を称えることとなった。 尚男女生徒数3対1もこの年に定められたのである。 また、この頃民主社会に望ましい人間像を描き、生徒を全人的に育成する目標として敬愛・自主・力行の三徳を掲げ、従来の克己、親和、勤勉にかえたわけである。

 (40周年記念誌P22)



1950 昭和25年3月10日 小山台新聞 第一回マラソン大会.jpg
第一回マラソン大会が1950(昭和25)年2月18日、5kmの距離で開催されました。その記事を貼り付けていますので、文字起こしお願いします。
文字起こし完了後は、イベントアーカイブのロードレースに転記してください。





1950 昭和25年3月10日 小山台新聞 男三、女一の割で募集.jpg
来年度の募集要項で男300、女子100の定員が決定した記事から転記してください。
「できごと」のところに「折りたたみ式」でスマートに掲載できると良いのですが。





1950 昭和25年3月10日 小山台新聞 女子に情操教育を.jpg
本年度入学の4名の女子のうち、2名の方へのインタビューメモがあります。
文字起こしして転記願います。
「できごと」のところに「折りたたみ式」でスマートに掲載できると良いのですが。