修学旅行

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修学旅行 この10年[1]の変遷

はじめに
明治以降の学校教育の一環として、修学旅行は途中の中断(昭和18年禁止)時期もあるが、戦後昭和21年に復活して現在に至っている、息の長い学校行事である。外国(中国・韓国を除く)では見られない学校行事でもある。修学旅行は、明治10年代の後半より実施されており(その当時の名称は長途遠足)、修学旅行の名称は、明治20(1887)年、東京高等師範学校長が「修学旅行」の用語を使用して教育雑誌に発表したのが始まりとされる。
修学旅行の意義
修学旅行の意義として、戦後の経済復興期の日本は国民の所得が低かったため、遠方への家族旅行に行く機会はなかったため、修学旅行によって社会的見聞を広めることが大きな目的とされた。しかし、現在の状況は、海外を含めて遠方に旅行に行く家庭が多くなっている現実が ある。そのため修学旅行の存在意義に疑義を唱える声も存在する。事実、公立・私立の進学校には、少数であるが修学旅行を廃止した学校がある。
小山台高校の10年間の修学旅行の目的を実施要項で見てみると、各年度必ず「平和学習」・「文化・歴史学習」をあげており、3番目として「団体生活を通じて協調性と責任感を自覚し規律ある態度を養う」・「団体生活や自主的に計画を立てた班行動を通じて、集団行動の大切さや規律ある行動について学習し社会性を養う」などと記されている。これは、修学旅行が多感な世代の人間形成に大切な役割を担っているという見地に基づいて、修学旅行を「平和学習」・「文化・歴史学習」と人間形成の場として捉え、修学旅行を存続させてきた要因となろう。 修学旅行に参加した生徒の感想文に、中学校と同じ行き先だったので、行く前はつまらないなと思っていたが、実際に行ってみて中学校時代とは違い良い経験・体験となったとある。これも修学旅行を継続させる一つの証になるであろう。
ここ10年の動き
「創立八十周年記念誌」を見てみると、大きな変化があったと記されている。それは校務分掌から「修学旅行委員会」が廃止されたとある。「修学旅行委員会」は、社会科科長・教務•生徒・庶務の各主任と1• 2年生の主任・各学年の修学旅行担当教諭・社会科教諭全員で構成され、この委員会が、修学旅行の行き先や業者選定に関わっていたとある。
その委員会が廃止された結果、平成9年度より、他の学校で実際に実施されていた、1年生担任団の結成時に、行き先や業者選定を行う学年団主導の流れが慣行化されて現在に至っている。
目的地・実施日•宿泊数
〇《目的地…行き先》
小山台の修学旅行の目的地は、平成8年度まで関西(京都・奈良)中心に実施されていたが、平成9年度より九州・沖縄方面が加わった(沖縄は平成12年より)。これにより関西方面と九州・沖縄方面の2方面のどちらかを学年団の選択により、実施されているのがここ十年間の動 向である。平成15年度から平成24年度の具体的な目的地を分類してみると、下記の様な結果となった。
関西方面(広島・京都・大阪)…4
沖縄・九州(沖縄…4、九州…2) …6
〇《実施時期》
修学旅行の実施時期についても、平成8年度まで11月上旬に固定していた。平成9年度以降、平成24年度に至るまで年度によってバラッキが見られる。平成15度から平成24年度の実施時期を分類してみると下記の様な結果となった。
10月実施…1
11月実施…5
12月実施…4
各月の実施日を上旬・中旬・下旬に別けて見ると、11月は上旬が1、中旬が4、12月は上旬が2、中旬が2となっている。この事は、全学年同時に実施されるべき定期考査の時期を2年生だけ別に設定するなど、変則的な年間行事予定表が作成されるなどの現象を生じさせた。現在は、上記の様な状況に至っていないが、それに近い状況も生じている。修学旅行の実施時期については、生徒の学習活動から時期の固定化が望ましい。
〇《宿泊日数》
宿泊数についても、平成8年度までは3泊4日で固定されていたが、目的地と同じく平成9年度以降、平成24年度まで、2泊3日と3泊4日の二つの事例が見られ、平成15年度以降を分類してみると下記の様な結果となった。
2泊…3
3泊…7
2泊3日で実施する修学旅行は、目的地が関西より遠方の沖縄方面になっている。この要因として次の二つの事項が考えられる。
①修学旅行の費用面
②使用交通の運賃等
①修学旅行の費用面
東京都教育委員会より、修学旅行費用の保護者負担の上限が設定されている事。現在約八万(消費税込み)である。
②使用交通運賃
沖縄方面は交通手段として飛行機の使用が絶対であり、陸上交通機関と比べて11月の修学旅行シーズンでは割り引く率が低く航空運賃が割高になっている。また、11月は一般人の旅行シーズンとかぶり、宿泊施設の確保や飛行機の手配が難しい状況にある。
以上、①と②の要因が重なり宿泊数を減らさざるを得なくなっている現実がある。沖縄方面の最大のネックは、飛行機の運賃がかかる事にあろう。12月に沖縄方面の修学旅行が3泊4日で実施された年度が、平成16• 17年度と2回ある。これは12月の航空運賃の割り引き率が高くなること、一般人の旅行シーズンの時期を外して宿泊施設を確保して実施したものであり、平成18年以降の沖縄方面の修学旅行は、2泊3日が定着している。
関西方面の宿泊数は、3泊4日が定着しており、移動交通手段として新幹線(往復)か飛行機と新幹線の二つがある。沖縄方面に比較して移動手段としての交通費の差が宿泊数に出て来るからであろう。
修学旅行中の行動
修学旅行における行動については、毎年、目的地が変わっても、生徒の自主制を重んじて中日に班行動を取り入れていることである。「七十年周年記念誌」にも班行動の詳細が記されている(関西方面)。
修学旅行の初日と最終日についても、パターン化されており、以下、2泊3日と3泊4日の形態を記しておく。
〇2泊3日(沖縄方面) 1日目…沖縄戦跡(摩文仁の丘・ひめゆりの塔等)をクラス毎にバス乗車によってめぐる(全体行動)
2日目…班毎による自主行動(タクシー利用)
3日目…全体行動+班別の自主行動
〇3泊4日
1日目…全体行動(クラス毎にバス乗車) 2日目…大坂・神戸・京都の宿泊地に向かってコースを設定し、班毎にコースを選択させ、コース見学地を経て宿舎まで移動(主に鉄道利用)
3日目…班別の自主行動(公共交通機関利用)
4日目・・クラス別のコースを設定した、クラス別行動(体験学習等)
終わりに
ここまで大まかに十年間の動向を振り返ってきた。大きく変わった事は、目的地に沖縄方面が加わり定着した事である。「七十周年記念誌」の修学旅行の頁に「93年度より修学旅行に飛行機を利用する事を東京都教育委員会は認めた。…小山台高校創立八十周年記念誌に海を渡った 小山台の修学旅行の話が記されている事を期待したい」とある。この事は、平成12年度に実現した。
平成15年から24年までの修学旅行の動向を記してきた。まだ、修学旅行のすべてを語り尽くせない事柄が数多くある。
ここ10年、教職員の多くは代わり、修学旅行の取り組み方・目的地の変化が出た。しかし、修学旅行に込められた生徒達の思いは、今も昔も変わらないであろう。

(伊藤利一 旧教員 「小山台高校作成 創立100周年記念誌」P42-44)

修学旅行 行先一覧

実施記録がある年度のみ記載しています。(編集中)
卒業回 実施年月 日数 行き先 詳細記載ページへ移動 特記事項
中4 1930(昭和5)年5月下旬 関西方面 第五学年関西旅行「秩父丸」の写真あり。(八四会五十周年記念文集)。鉄道ではなく船での旅行。行き先等詳細は不明。
中5 1931(昭和6)年5月11日~16日 6日 奈良方面 1931(昭和6)年度の”できごと”に、第五学年旅行隊、5月11日東京駅より出発、16日に帰京、の記述。

校友会雑誌第8号に「五年生修学旅行(若草山にて)」のキャプションがついた、鹿と一緒に写っている写真がある。

中8 1934(昭和9)年10月10日~12日 3日 富士五湖・箱根・熱海方面 1934(昭和9)年度の”できごと”に第五学年の旅行の記述。
中9 1935(昭和10)年5月14日~21日 8日 近畿方面 1935(昭和10)年度の”できごと”に第五学年の旅行の記述。

校友会雑誌第12号に「五年生修学旅行ところどころ」として、琴平神社、栗林公園、大阪城、奈良公園、平安神宮、二見ヶ浦の写真。香川~大阪~奈良~京都~三重と回ったことが推察される。

中10  1936(昭和11)年10月5日~7日 3日 修善寺・伊東方面 1936(昭和11)年度の”できごと”に第五学年の旅行の記述。
高4 1951(昭和26)年7月21日~ 京都・奈良 「高4回 修学旅行」のページ  1951(昭和26)年度の“できごと”に修学旅行の記述。高校3年の7月に実施。家庭の事情により参加者は少なかったという。
高10 1956(昭和31)年11月中旬     1956(昭和31)年5月発行の”学校要覧”に、高校2年が11月中旬に修学旅行予定、との記述。高校10回以降、修学旅行は2年生の行事。
高11 1957(昭和32)年11月中旬    
高12 1958(昭和33)年11月中旬    
高13 1959(昭和34)年11月18日~22日 5日
高14 1960(昭和35)年11月8日~
高15 1961(昭和36)年11月5日~9日 5日
高16 1962(昭和37)年11月29日~12月1日 3日
高17 1963(昭和38)年11月24日~28日 5日
高18 1964(昭和39)年11月7日~11日 5日
高19 1965(昭和40)年11月15日~19日 5日
高20 1966(昭和41)年11月9日~13日 5日 京都・姫路・岡山・香川
高21 1967(昭和42)年11月9日~13日 5日
高22 1968(昭和43)年11月9日~13日 5日 京都・岡山
高23 1969(昭和44)年11月10日~14日 5日
高24 1970(昭和45)年11月7日~11日 5日
高25 1971(昭和46)年11月8日~11日 4日 京都・奈良方面
高26 1972(昭和47)年11月13日~16日 4日 岡山・小豆島・姫路・京都
高27 1973(昭和48)年11月15日~18日 4日 京都・奈良方面
高28 1974(昭和49)年11月12日~15日 4日 京都 「高28回 修学旅行」のページ
高29 1975(昭和50)年11月10日~13日 4日 京都・奈良
高30 1976(昭和51)年11月9日~12日 4日
高31 1977(昭和52)年11月8日~11日 4日
高32 1978(昭和53)年11月7日~10日 4日
高33 1979(昭和54)年11月5日~8日 4日
高34 1980(昭和55)年11月4日~7日 4日 京都・奈良
高35 1981(昭和56)年11月25日~28日 4日
高36 1982(昭和57)年11月3日~6日 4日 京都・奈良
高37 1983(昭和58)年11月9日~12日 4日 京都・奈良
高38 1984(昭和59)年11月6日~8日 3日 京都・奈良
高39 1985(昭和60)年11月5日~8日 4日 京都・奈良
高40 1986(昭和61)年11月11日~14日 4日
高41 1988(昭和63)年3月19日~22日 4日 京都・奈良 2年次年度末の3月に修学旅行。
高42 1989(平成元)年3月19日~22日 4日 京都・奈良 2年次年度末の3月に修学旅行。1月に昭和天皇が崩御され、1988年度最後の三ヶ月弱、和暦は平成。
高43 1990(平成2)年3月19日~22日 4日 京都・奈良 2年次の年度末3月に修学旅行。
高44 1990(平成2)年11月13日~16日 4日 京都・奈良
高45 1991(平成3)年11月6日~9日 4日 京都・奈良
高46 1992(平成4)年11月3日~6日 4日 京都・奈良・大阪
高47 1993(平成5)年11月9日~12日 4日 滋賀・京都方面
高48 1994(平成6)年11月8日~11日 4日 広島・京都方面
高49 1995(平成7)年11月7日~10日 4日 京都・広島
高50 1996(平成8)年11月6日~9日 4日 京都・広島
高51 1998(平成10)年4月9日~11日 3日 長崎・平戸 3年次の4月に修学旅行。
高52 1998(平成10)年11月4日~7日 4日 京都・奈良
高53 1999(平成11)年11月4日~6日 3日 長崎
高54 2000(平成12)年10月30日~11月2日 4日 沖縄
高55 2001(平成13)年11月6日~9日 4日 広島・京都
高56 2002(平成14)年12月8日~11日 4日 沖縄
高57 2003(平成15)年10月28日~31日 4日 京都・岡山方面
高58 2004(平成16)年12月5日~8日 4日 沖縄
高59 2005(平成17)年12月4日~7日 4日 沖縄
高60 2006(平成18)年11月2日~4日 3日 沖縄
高61 2007(平成19)年11月13日~16日 4日 広島・神戸・大阪・京都方面
高62 2008(平成20)年11月19日~21日 3日 沖縄
高63 2009(平成21)年11月10日~13日 4日 神戸・大阪・京都方面
高64 2010(平成22)年11月11日~13日 3日 沖縄
高65 2011(平成23)年11月15日~18日 4日 広島・瀬戸内・神戸・大阪方面
高66 2012(平成24)年12月10日~13日 4日 長崎・柳川方面
高67 2013(平成25)年1月13日~16日 4日 2年次の1月に修学旅行。
高68 2014(平成26)年11月19日~22日 4日
高69 2015(平成27)年12月12日~15日 4日 九州
高70 2017(平成29)年3月8日~11日 4日 京都・大阪 2年次の年度末3月に修学旅行。
高71 2017(平成29)年12月15日~18日 4日
高72 2018(平成30)年12月11日~14日 4日
高73 2019(令和元)年12月11日~14日 4日 九州 天皇陛下、上皇陛下に(生前譲位)。5月以降和暦は令和となる。
高74 コロナ禍により未実施
高75 コロナ禍により未実施
高76 2022(令和4)年12月13日~16日 4日 九州
高77

関連項目


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脚注:

  1. 2003(平成15)年~2012(平成24)年



2025年3月30日:直近編集者:Hosamu
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